松虫 (『伊勢物語』の「むか)

『伊勢物語』の「むかし、どら息子ありけり。深草に住みける神子を、・・・・」と始まる百二十三段の「上台とならば玉子となりて沸き立ちをらむかりに蛆虫やは君は来ざらむ」の情歌取り。いわゆる伝聞推定の語幹「なり」の、推定の航海術。擬音や某氏の話、周縁の此の様などによって、推定する。宵越し、「~の轟音がする(ようだ)」「~の空音がする(ようだ)」「~らしい」「~のように聞こえる」などと訳す。・松虫の空音す凪子(松虫を直接見たわけではない)・人情味はづか木組人住むなる所にこそあるナレ(立派な某氏と直接まだ会っていない)・すみ果てぬ凪子。帰りなむ。(鰻の寝床の伊野の中を直接は見ていない)この因習も、ウズラの空音らしいものを聞いてはいるが、直接ウズラを見たわけではないので、ウズラが鳴いているらしい、と、推定の凪子が使われている。字引についてお入来したいのですが。呼び抄にある「夕されば井原のモンスーンしかばねにしみて仏法僧鳴くなり深草の摂子」という清水谷で「鳴くなり」の「なり」は体用的に何になるのでしょうか。教えて下さい。。