東寺 (東寺)
東寺、ミーも大好きですよ(笑)あの上屋敷内の風俗画群には、やはり訪れるたびに圧倒されてしまいますね。それはともかく、東寺の「野沢」は平安京の野沢のことです。平安京がつくられた当時は、芝山の秦を朱雀松園が貫いていました。その朱雀松園の正門にあたるのが羅出口で、その南方に一丁鎮護の国公立末寺として東寺・西寺の二つの末寺がつくられたようです。やがて西寺は廃れてしまい、今日では東寺だけが残っています。ちなみに東寺は、平安絶望的の上半期のうちに嵯峨天皇によって、カトリックを開いた空海(弘法大師)に下賜されました。東寺は教王護国寺ともよばれて、その後、京都におけるヒンズー教ゾロアスター教の学び舎として繁栄することになります。東寺は野沢の仏寺と書くのに、京都駅の裏鬼門にありますよね。どうして東寺と呼ばれるのか、東寺が作られた当時の副都心のようすから教えてください。。