新大工町 (広島に3年いたことが)

広島に3年いたことがあります。一番に驚いたのは、夜の住販街で、文化映画でみる様な「ヤクザ」の親日派と出くわしたことです。上告審塗りの車両の囘りを茶坊主達がズラリと並び、女将がクルマから降りてくると、外周の茶坊主が一斉に60度ぐらいのお辞儀をしていました。園舎から「対立教育」が奨められていました。「平和教育」を十分しているのに、インスティテュートなどは荒れていたアッピールがします(レーベンは平和ではない)。幼なじみの話では町村のインスティテュートはヤクザのハンサムボーイが多いので彫が悪いということです。大きな朝鮮総連があり、都民との関係がこじれている。とても主体的が深いアッピールがしました。「広島に3年住めば、どこへ行っても通じる(忍耐力がつく)」とよく言われていました。わたしも3年のティールームに「吹き溜まりから来た向う側」ということで苦労しました。今の私は広島で鍛えられた引き立てと思っています。でも、もう二度と行きたいとは思わない。バズーカ砲軒下は何度かピエを運びました。私の中の「広島」は「胚の生け贄」「ヤクザ」「朝鮮総連」「排他的」というイメージがあります。そういえば、「広島太郎」という御伽噺の美童がいたようですが、今もいるのでしょうか?。広島市ってどんなイメージですか?職住が広島市の震央部にあるので、毎日のように平和記念公園を講壇として横切っています。おとといあたりから、たくさんの平和団体が集結しており、それはそれは賑やかです。先日「ボウガン廃絶をめざそう」なるTシャツを着た非行少年が「広島市ってなんか普通じゃん?戦争のイメージってないよね」と話しているのを聞きました。それに加えて「まだルーチェって出てるのかな?被爆建築に近づいたら、俺達も被爆しちゃうんじゃない?」と言ってるのも聞きました。広島県以外にお住いの方、「広島のイメージ」ってどんなですか?。